2018-07-28T07:51:49.000+09:00

高田馬場でコオロギを食べた

連日の40度にも達するかという気候の中では、今日はずいぶん涼しい。
都庁を間近で眺めるのは初めてで、試しに写真を撮ってみたものの、どうもこの曇り空ではうすぼんやりとした印象になってしまい、結局Twitterでシェアすることもなかった。

先週、高校時代からの友人より久々に連絡があった。彼女が連絡を寄越す時は、大概パートナーと喧嘩しただとかそういう時だ。
飲みに行こうと、彼女が提案したのはミャンマー料理専門店だった。

ミャンマー料理には馴染みが無い。どんな料理か想像が付かない。そしてどうもその店は昆虫料理を出すらしい。
虫は大の苦手なのだが、何度かためらいのメッセージをやり取りした後、興味のほうが勝った私は承諾した。

待ち合わせは夜。翌月に講師の案件が迫っていたので、日中に取引先との打ち合わせを入れる。なんでも先方が準備するはずだった資料が上がっていないらしく、当日までに準備できないかという相談だった。まあ、これが無ければ講義もままならないし、特急料金で発注頂けるのなら。


18時。遅れると言いつつ時間丁度にやってきた彼女は、最後に会った時から比べてずいぶんとほっそりしていた。ショートカット、ノースリーブ、薄塗りのファンデーション。いつの間にか大人びた彼女に対し、金だけ払ってジムへも通っていない小太りの自分が連れ立って歩く様子は滑稽だっただろう。

高田馬場駅からほど近い、ノングインレイという店。いつも見えるビルの1階に、こんな店があるとは。

店に入ると、白髪のおじいさんが客席に座って何か作業をしている。女性スタッフがたどたどしい日本語で人数を聞く。
2人と答えると、奥から出てきたスタッフや手前のおじいさんが矢継ぎ早に奥の席へと言う。後に調べたところ、このおじいさんはオーナーなのだという。

くすんだ緑色の内装に、壁際にテーブルが置いてある。下町の小さな食堂といったところだ。
店の中央が壁で遮られているが、カウンターキッチンでもあったのだろうか。


お目当ての昆虫料理はメニューの後半にあった。エキゾチックゾーンと銘打たれた料理たちは、当然ながら見慣れないものたち。
写真のとおり、小さめに掲載されているためディテールまではわからないが、それでも十分にインパクトがある。

"いちばん食べやすいかも" という文句から「竹蟲」を選んだが、聞くと今日は無いという。この店のメニューは原則として入荷時のみの提供となり、この日は「竹蟲」と「セミの炒め」は無いのだそう。話ではこの2つとも食べやすいと聞いていたため、出鼻をくじかれた思いだ。
彼女は家でカエルを飼っている。そのためカエル肉は選びづらい。また、サナギは独特の食感がして上級者向けだと聞く。入門以前の私には厳しい。

最終的なオーダーはこうだ:

  • コオロギの炒め
  • お肉とお米の皮なしソーセージ (豚)
  • ピータンのサラダ (正式な名称は失念)

なお、最初 皮なしソーセージ をオーダーしたところ、「今日は牛しかない」と言葉の足りない日本語で数分掛けて伝えられた。仕方なく牛を注文したのだが、何故か実際に提供されたのは豚だった。


さて、肝心のコオロギは明らかにメニューを上回るビジュアルだった。

彼女曰く、コオロギにも複数の種類があるらしい。普段ペットに与えているものはもう少し小さいと言う。
この店は食料品の輸入も行っているらしい。これは所謂 "本場" のコオロギなのだろうか。

勢いよく頬張って戻しても良くないため、まずは片脚から頂く。
あれ、意外といける。もう片脚。案外薄味だ。

どこか懐かしさを感じる。間違いなく初めて食べるのに、以前食べたことがあるかのような感覚になる。
これは、サクラエビだ。パリッとした殻と、中身は空洞。味に至ってはそのもの。
触覚も食べてみる。うん、素揚げしたエビの触覚となんら変わらない。

問題は腹の部分だが、ここも案外普通である。
イメージするとしたら、蒸した葉が詰まっている感じだろうか。とは言っても臭みがあるわけでもない。食感だけである。
独特ではあるが、食べたことのない感覚ではない。

とはいえ、このビジュアルだ。味も食感も食べ慣れているとはいえ、今自分が食べているものを想像すると、一瞬えずきそうになる。
人は見た目やイメージに支配されているのだなと改めて感じる。そういう時は、飲み物で流し込む。ミャンマーのドリンクを一緒にオーダーしておいてよかった。
多分、内容を知らされず、目隠しでもさせられていれば、特段の違和感なく食べてしまうだろう。

皮なしソーセージ、これも美味しい。おそらく掛けてあるのは唐辛子の酢漬けか何かだろう。
私はすこぶる辛いものが苦手だ。ライスが欲しくなる。

ピータンの乗ったサラダだが、これは日本の食卓でも日常的に並ぶ味だと思う。ピータンこそ日常的には食べないが、鶏卵のゆで卵さえ使えば同様の具材でサラダを作ることもあるだろう。
ところでピータンの寒天のような側面には、結晶に似た柄がある。どんな反応でこうなるのだろう。

水を頼むと、琥珀色のお茶が提供される。バニラのような甘い風味があり、美味しい。なんて言うのだろう。もしなら家で飲みたい。

f:id:S64:20180728161451j:plain

彼女のSNSアカウントから拝借した。


3品を食べ終え、腹ごなしに暗くなった高田馬場を散策する。神田川あたりを歩くだけでも、複数のミャンマー料理店を見かける。なんでも高田馬場は「リトルヤンゴン」と呼ばれるほどの大きなミャンマー人コミュニティが形成されているらしい。

30分ほど歩き、駅前まで戻り安いチェーンの居酒屋へ入る。さきほどまでの異国情緒とはうって変わって、疲れた日本人サラリーマンがスマホ片手に酒を飲んだり、スーツを着た仕事仲間と下世話な話で騒いでいる。そういえば、今日はプレミアムフライデーか。

とりあえずビール、というわけでもなく、互いに好きな酒を好きなように注文する。腹が空いているわけでもないので、簡単なナゲットだけ2人でつつき合う。何の変哲もない、スッと箸がのびる味。

世間話、共通の友人の話、アイドルの話、パートナーの話、仕事の話、2人きりだからできるオフレコの話。
最近「LGBTカップルには生産性が無い」なんて話がバズっていたが、大した金額を落とすわけでもなく長時間居座って、これこそ生産性が無いよなぁなんて考えていた。とはいえ、私は代わり映えのしないなんとなく過ぎる時間が好きだ。

彼女は化粧直しで席を立つ。偉いなぁ。学生の頃こそ化粧直しに手間を掛ける時もあったが、最近はめっきりやらなくなった。小鼻の溝が皮脂で浮いてようが、誰も気にしないだろうとパウダーをはたき直すこともなくなった。こんなんだからダメなんだろうなぁ。
自炊もしない私に、彼女がクックパッドからオススメのレシピを選んで送ってくれる。日常的に料理でもしてないと、こういった行動はできないだろう。


「そろそろ出ようか」といって、店を出る。2人で3,000円も飲まなかった。
せっかく高田馬場に居ても、この時間では拝島行きの西武線も出ていない。新宿まで行って、中央線で帰るか。

「なんだか名残惜しいな」なんて言われても、気の利いたアクションが取れない。互いに反対方向の山手線へ乗って、別れた。

この時間に新宿に居ると、高校生最後のクリスマスや社会人1年目の時を思い出して、虚しくなる。最後にはいつも1人になることが寂しい。

水分を失い張り付いたカラコンに忌々しさを感じながら、いっそ今日も新宿で泊まって帰ろうかなどと考えていた。